泉田精一
初代 主任牧師
1892年2月6日、宮城県生まれ。21歳で中田重治師より受洗。
東京聖書学院で学び、伝道者となる。全国各地のホーリネス教会の創立に尽力。
1935年5月、浅草橋にて独立自給で開拓伝道を開始。
1942年6月10日、治安維持法違反容疑で検挙される。終戦後、釈放され伝道再開。
浅草橋幼稚園園長、ホーリネス聖書学校教授、また東京拘置所教誨師等としても奉仕する。
1972年浅草橋教会牧師を退任、名誉牧師となる。
1892年2月6日、宮城県生まれ。21歳で中田重治師より受洗。
東京聖書学院で学び、伝道者となる。全国各地のホーリネス教会の創立に尽力。
1935年5月、浅草橋にて独立自給で開拓伝道を開始。
1942年6月10日、治安維持法違反容疑で検挙される。終戦後、釈放され伝道再開。
浅草橋幼稚園園長、ホーリネス聖書学校教授、また東京拘置所教誨師等としても奉仕する。
1972年浅草橋教会牧師を退任、名誉牧師となる。
1935年、宮崎県生まれ。21歳で入信。東京聖書学校卒業。青山学院大学院修了(神学修士)。
日本キリスト教団更生教会、東調布教会、鵜方教会で伝道師、牧師として13年奉仕。
1973年4月より42年間、浅草橋教会主任牧師として奉仕。
東京聖書学校教授、ウェスレアン・ホーリネス神学院学院長及び教授、
日本ケズィック・コンベンション中央委員、日本聖化協力会会長等を歴任。
東京拘置所教誨師。「創世記に聞く」「詩編に聞くⅠ・Ⅱ・Ⅲ」など説教集、霊書、他著書多数。
2015年2月23日79歳で召天。