バイブルメッセージ Bible Message

「エール」

2020年 11月 24日

「すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。『これは私の愛する子。これに聞け。』」(マルコ9・7)

 

この父なる神の御声が響き渡る6日前に何があったかを知ることはとても重要です。

 

神のことを思わず、人のことを思う

 

6日前、主イエスが「人々は、私のことを何者だと言っているか」と尋ねると、弟子たちは、洗礼者ヨハネだと言ったり、エリヤだと言ったりしていますと答えました。主は、「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか。」と尋ねると「あなたは、メシア(救い主、生ける神の子)です。」とペトロが代表して答えました。

 

その同じ日、主イエスは、御自分が苦難に遭い、長老、祭司長、律法学者に排斥されて殺されるが、3日目に復活すると教えました。するとペトロが、「主よ、とんでもない。そんなことがあってはいけません」とイエス様をいさめたのです。すると、主イエスは、「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人のことを思っている。」とペトロを叱りました。

 

人のこと、自分のこと、自分の都合です。ペトロは、イエス様の側にいるだけで、自分も偉い存在に思えてきて誇らしかった。そんな矢先に主が苦難を受け、殺されるなんて、どうしても受け入れられなかったのです。でも、御子イエスの苦難を否定する言葉を発するならば、それはサタン、悪魔の言葉だと主イエスは言われたのです。

 

愛のエール

 

それから6日の後、主イエスは、ペトロとヤコブ、ヨハネの3人の弟子を連れて高い山に登られました。突然イエス様の服は真っ白に輝き、神の言葉、十戒、律法を受け取り、イスラエルの民を導いたモーセ、そして、神の預言者を代表するエリヤが目の前に現れイエス様と話している光景を目にしたのです。モーセとエリヤ、律法と預言者、つまり旧約聖書です。そして、旧約聖書が指し示し続けた主イエスの3人が語り合う光景です。

 

驚きの光景を目にしたペトロは思わずこう言ったのです。「先生、私たちがここにいるのは、すばらしいことです。幕屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのため、一つはエリヤのために。」ペトロは、6日前に「あなたは生けるメシア、キリスト」と告白しましたが、主イエスを、モーセ、エリヤと同列に並べてしまうという間違いを犯しています。しかし、その次の瞬間「これは私の愛する子。これに聞け。」という父なる神の声が響いたのです。

 

これは救い主、私の愛する子主イエスが唯一の御子だとの神の宣言でもあります。罪と全く無縁の方ですが、私たちの罪、汚れ、悲しみ、痛みのすべてを背負い苦難に遭われ、十字架で死んで、その尊い命を与えてくださる方。この世にあって、理不尽なこと、不条理なことが沢山起こります。なぜ、どうしてということが次々に起こります。そのすべての理不尽を担われたのが主イエスだからこそ、どんな苦難、痛みの中にある人を救い出すことができる唯一の御子であることが宣言されているのです。

 

ですから、「これは私の愛する子。これに聞け。」という天からの声は、苦悩する世界に対する神からの愛のエールなのです。

 

今NHKの連続テレビ小説「エール」が放映されていますが、戦争が終わり、新しい時代へと動き出す場面でした。古関裕而さんの義理のお母さん役の薬師丸ひろ子さんが、爆撃を受けた焼け野原の中で、讃美歌(麗しの白百合)を独唱する場面がありました。これは、イースター、キリストの復活の賛美です。

 

今コロナ禍の中で、大勢の人が沢山のものを失い、悲しみ、痛み、苦悩しています。私たちそれぞれに苦悩があります。しかし今も「これは、私の愛する子。これに聞け。」という神様の愛のエールが響いています。「私の愛する子。」とは御子イエスのことであると同時に、御子を信じるすべての者、つまり私たちのことでもあります。エールを受けた私たちが、愛のエールを誰かに持ち運ぶ器とされていこうではありませんか。

ウェスレアン・ホーリネス教団 浅草橋教会(牧師・山崎 忍)

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